エドガー・アラン・ポーは、コレラが猛威をふるった1830年代を生き抜いた。
ダーウィンと同年の1809年生まれ。
当時流行りの科学的思考に憑りつかれていた。
だがポーの慧眼さは、政治の支えなしには科学は力を発揮できない、と見抜いていたこと。
コロナ危機の今、大いなる教訓となっていると言える。
写真、蒸気エンジン、電信、鉄道が、進歩と発展の象徴だった時代。
新聞や雑誌の数が激増し、情報が洪水のように溢れた。
記事の一部はコピーされ、繰り返し出回った。
元々の意図とはかけ離れた形で。
まるで今のリツイートのように。
科学技術に対するそうした大衆の興奮を、ポーは物語に織り込んだ。
フィクション、詩、うわさ話がないまぜの話を、ポーは書いた。
冗談のつもりなのか本当なのか、読者を翻弄するような話だった。
彼は伝統的な真実とは違う形の真実を求めた。
科学の限界も指摘した。
事実が自ら語ることなどないと考えていた。
この宇宙そのものが、何かのプロットなのだと思っていた。
ポーが私たちに教えるのは、真実は出来上がったものとして存在している訳ではないこと。
科学の信頼性は、良好な社会制度の存在と、その結果が多様な方法で何度も確認されたものかどうか、に基づく。
ポーがしたように、科学者は多様な視点、ジャンル、やり方で、自分の話を繰り返し語る必要がある。
(柴田優呼@アカデミック・ジャーナリズムがツイート)
Slate@Slate
Edgar Allan Poe’s prolific writings on science and technology offer a way out of our current misinformation mess.
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